納豆(なっとう)は、大豆を納豆菌によって発酵させた日本の発酵食品。各種が存在するが、現在では一般的に「糸引き納豆」を指す。
概要
大豆を納豆菌で細菌発酵させた発酵食品である。日本全国の食品売り場で容易に手に入れることができ、現在多くの日本人に食べられている。総務省統計局の全国物価統計調査の調査品目にも採用されている。茨城県福島県を中心とした関東地方東北地方では郷土料理としても親しまれている。製法や菌の改良などで匂いを少なくしたり、含まれる成分の内「ナットウキナーゼ」の健康増進効果がテレビなどのメディアで伝えられるようになり、2000年以降は西日本においても消費量が急増し、この40年間を見ても国内各地域での消費量の差(一番少ない近畿中国四国福島水戸など一番多い地域との差)は大きく縮まっている[2][3]
「納豆」「納豆汁」などが冬の季語[4]である事や、「納豆時に医者要らず」という諺があったように、納豆の時期はである。一方、7月10日が「納豆の日」とされている。これは1981年関西での納豆消費拡大のため、関西納豆工業協同組合がなっ(7)とう(10)の
呂合わせで制定したものであり、1992年全国納豆工業協同組合連合会が改めて「納豆の日」として制定した。
名称
納豆は、精進料理として納所(なっしょ、寺院の倉庫)で作られた食品でこれが名前の由来という説が『本朝食鑑』という書物に載っている[5]。納所に勤めていた僧侶が納豆造りをしていたので、納所の字をとって「納豆」になったという。又言う、『新猿楽記』の中で「精進物、春、塩辛納豆」とあるのが初見で、この『猿楽記』がベストセラーになったことにより、納豆という記され方が広まったとされる。
「本来は豆を腐らせた(発酵させた)ものが豆腐、型に納めたものが納豆だったが、両者が取り違えられた」と名称の由来が語られる事があるが、これは誤った「俗説」である。納豆が日本独自の言葉であるのに対し、豆腐は中国から伝来した食品であり中国でもこの名前で呼ばれており、取り違えられる事はあり得ない。
豆腐の名称の由来については「豆腐#名称」を参照
余談だが、納豆に関しては別の意味での取り違えが存在する。元来は納豆は調味料であり、味噌が大豆を加工した食品であった。後に納豆が食品となり、味噌は調味料となっている。後述の塩辛納豆の項目を参照。
歴史
「納豆」という語句が確認できる最古の書物は、11世紀半ば頃に藤原明衡によって書かれた『新猿楽記』である。同作中に「腐水葱香疾大根舂塩辛納豆」という記述があり、平安時代には納豆という言葉が既に存在していたことが確認できる。この記述の読み下しには諸説あるが(「舂塩辛」「納豆」、「舂塩」「辛納豆」、「大根舂」「塩辛納豆」など)、「辛納豆=唐納豆」など、これは本来の意味の納豆、つまり現在の「塩辛納豆」を指すものであろうという意見が多い。本来の納豆の由来等、詳しくは本項目後述の「塩辛納豆」の節を参照。
糸引き納豆は、「煮豆」と「藁」の菌(弥生時代の住居には藁が敷き詰められていた。また炉がある為に温度と湿度が菌繁殖に適した温度になる)がたまたま作用し、偶然に糸引き納豆が出来たと考えられているが、起源や時代背景については様々な説があり定かでは
ない。大豆は既に縄文時代に伝来しており、稲作も始まっていたが、納豆の起源がその頃まで遡るのかは不明である。
戦国時代において、武将の蛋白源やスタミナ源ともなっていた。また江戸時代では、京都江戸において「納豆売り」が毎朝納豆を売り歩いていた。戦時中は軍用食として、終戦後は日本人を救う栄養食として食べられ[6]、日本に納豆が普及していったが、常食とされるには地域によって長らく偏りがあった。全国的に見られるようになったのは近年(平成)になってからのことである。
栄養効果
血液凝固因子を作るのに不可欠なビタミンKや大豆由来のタンパク質が豊富であり、現在でも上質なタンパク質源とも言える。食物繊維100グラム中に4.9 - 7.6グラムと豊富に含まれる[7]食物繊維オリゴ糖等と共にプレバイオティクスと呼ばれる腸内環境に有用な成分であり、納豆菌はプロバイオティクスと呼ばれ、これも腸内環境に有用と考えられている。納豆には殺菌作用が認められ、O157を抗菌することがわかっている[8]抗生物質のない昔は、赤痢チフスなどの伝染病に対し、納豆が一種の薬として使われていた。
原性大腸菌あるいはサルモネラ菌に対する抗菌作用も立証されている[9][10][11]
納豆には血栓を溶かす酵素が含まれており[12]、納豆から単離したナットウキナーゼを経口投与したイヌで血栓の溶解が観察されたという報告がある[13]
納豆に含まれるビタミンK2は骨タンパク質の働きや骨形成を促進することから、ビタミンK2を多く含む納豆が、特定保健用食品として許可されている[14][15]。また、ポリグルタミン酸にはカルシウムの吸収促進効果があるため、納豆から抽出されたポリグルタミン酸が特定保健用食品として許可されている[16]。納豆菌の一部には、した芽胞のまま腸内まで生きて到達してビフィズス菌を増やし腸内環境を正常化する効果があることから、そのような効果を持つ納豆が特定保健用食品として認可されている[17]
大豆としての栄養効果については「ダイズ#健康への影響」を参照
多くのマメ科植物の種子と同様に、ダイズ種子中には有毒なタンパク質性のプロテアーゼインヒビタートリプシンインヒビター、セリンプロテアーゼインヒビター)やアミラーゼインヒビターやレクチンが含まれているため、ダイズは生食はできない。そ
のため、加熱してプロテアーゼインヒビターやアミラーゼインヒビターを変性失活させて消化吸収効率を上げている。なお、加熱してもプロテアーゼインヒビターの失活は十分ではないので、納豆菌などを繁殖させて納豆菌の分泌するプロテアーゼによってダイズ種子中のタンパク質を分解させると、タンパク質の消化吸収効率が増大する。
米飯食、米飯+大豆食、米飯+納豆食で食後血糖値を比較したところ、納豆食、大豆食、米飯食の順で血糖の上昇が少なかった。納豆の水溶性食物繊維や粘性の高い成分が血糖の抑制に貢献した可能性がある[18]
『本朝食鑑』には、「腹中をととのえて食を進め、毒を解す」とあり、整腸作用[19]は古くから知られている。これは、納豆菌が胃酸に耐えて腸まで生きたまま届くためである[20]
廃物も利用されている。ニワトリの飼料に加える事で、鶏卵コレステロールを低減させる事が実証されている[21]
香り
納豆菌を使用して発酵させる為、納豆菌特有の発酵時の香りがある。68種類のにおい成分から構成されている。代表的な「ピラジン」は、アーモンドココアパン味噌醤油にも含まれる香りである。中には「アンモニア」成分も含まれており、古くなって発酵が進みすぎたり製品管理が悪い場合は、このアンモニア臭が強くなる。「わら納豆」はの香り、経木で包んだものはその木の香りが加わる。また、発酵室内で薫煙処理を行う場合もある。
医薬品との相互作用[編集]
ビタミンK2抗凝血薬ワルファリンつないだ手)の作用を弱めることから、ワルファリンの服用中は、納豆は避けるべきとされる[22]
作り方
藁苞に包まれたわら納豆
伝統的な納豆の作り方は、蒸した大豆を藁苞(わらづと)で包み、40度程度に保温し約1日ほど置いておく。稲藁に付着している納豆菌が大豆に移行し、増殖することによって発酵が起こり、納豆ができあがる。
近年では、大量生産の要求に応えるため、あるいは伝統的な製法を行うにあたり良質の藁を確保すること等が困難なこともあり、純粋培養した納豆菌を用いる製造が主流である。まず、蒸した大豆に純粋培養した納豆菌の分散液をかける。次いでこれを発泡スチロール容器や紙パックに充填し適温で保温すると、納豆菌が増殖し発酵する。流通段階での発酵の進み具合も勘案し、適度な発酵に至った段階で、消費期限やブランド銘が記された包装を施し出荷する。
一般家庭でも納豆を作ることができる。必要なものは、十分に蒸したあるいは茹でた大豆と納豆菌(納豆そのもので代用可)と、納豆菌が生育する適度な温度(3045)、適度な
湿度、適度な時間(12)、十分な酸素である。適度な温度や十分な時間や酸素がないと納豆にならず煮豆のままとなる。適度な湿度がないと乾燥大豆になってしまう。過剰な時間だと腐敗同然のアンモニア臭に満ちることになる。
衛生面
製法にかかわらず、「販売する食料品」として納豆を製造するには、食品衛生法に基づき都道府県知事(保健所を設置する市では市長、特別区では区長)の許可が必要である。
市販の納豆の大部分は、上述のように純粋培養した納豆菌を種菌として用いる製法によって製造されている。
稲藁を用いた伝統的な製法による納豆も少ないながら製造され流通している。この製法での納豆菌は耐熱性の高い芽胞となって藁に付着しており、100℃で沸騰している湯に数分浸すと大部分の雑菌が煮沸されて死滅し、納豆菌芽胞が生き残る。その後、茹でた大豆を藁と接触させ37度から42度に保つと、納豆菌は芽胞から発芽し増殖を始める。そして、その旺盛な繁殖力で、死滅を逃れた他の芽胞菌類に先んじて栄養となる物質を消費し、他の微生物の繁殖を阻む。
いずれにせよ、日本国内で流通する市販品は、食品としての基準に適合するよう管理され製造されているとみなしてよい。
なお、敢えて自家で納豆を作ることを試みる場合には、いくつかの留意点がある。納豆菌はにはやや弱く、乳酸菌の活動によって生まれる乳酸によって活動が阻害される事がある。また技術開発の結果普及した匂いの弱い種の納豆では、活動がさほど旺盛ではない菌株が用いられており、環境によっては雑菌が繁殖する余地がある。また、納豆菌の天敵として細菌寄生性ウイルスのバクテリオファージがあり、ファージ活動後に雑菌が繁殖する事もありうる。特に納豆菌繁殖前の茹でた大豆には雑菌が極めて繁殖しやすい。自家製といえども食用に供するには衛生面でのそれなりの配慮が必要である。
納豆が苦手な者の中には納豆を指して「腐った煮豆」などと形容する例も見られる。腐敗発酵の区別は化学的過程としての差異ではなく、専ら、微生物が作用した結果が有害(無益)か有用かという価値判断に基づく。ただし、食品としての基準にのっとって製造されたものであれば、衛生上の問題はない。