第一課 日本の鉄道
 日本には、JR、私鉄、公営の3種類の鉄道会社があります。JRとは、Japan Railways の略です。以前は国営の鉄道でしたが、1987年に民営化されました。世界的に有名な新幹線もJRの路線の1つで、日本の主要な都市と都市を結んでいます。最高時速は300キロを超えます。最初に完成したのは東海道新幹線ですが、山陽新幹線、東北新幹線、九州新幹線など、路線がどんどん延びています。
 私鉄とは、JR以外の民間企業が経営する鉄道会社で、大都市には大きな私鉄がたくさんあります。また、公営の鉄道は、地方自治体などが経営するものです。
 中国の鉄道は、ほとんど国営です。主要都市を結ぶ路線はもちろん、世界で初めて実用化されたリニアモーターカーも国営です。
 ところで、JRや私鉄の各路線では、運行の方向を表すのに特別な言葉を使っています。それは、「上り」「下り」という言葉です。特に本州では、地方から東京方面へ向かう路線を「上り」といい、東京から地方へ向かう路線を「下り」といいます。
 そこで、こんななぞなぞがあります。「日本でいちばん高い駅はどこでしょう。」答えは東京駅です。東京駅は「上り」の最終の駅になっているからです。
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第二課 あいさつの時の礼儀
 日本人同士があいさつする時は、普通お辞儀をします。中国ではあいさつをする時、握手をするのが普通ですが、日本人は、握手よりもお辞儀をするのが一般的です。お辞儀をする時は腰から上を前のほうに傾けます。お辞儀の角度には、首を曲げるだけの軽いものから深くを下げるものまで、いろいろあります。普通、初対面の時には深くを下げて、丁寧なお辞儀をします。
 仕事で初対面の人にあった時は、名刺を出します。名刺の出し方と受け取り方にも決まりがあります。相手が目上の時は、まず自分から先に名刺を出して深いお辞儀をし、次に相手の名刺をお辞儀をしながら受け取ります。出す時も受け取る時も、両手を使うほうが丁寧です。
 また、話す内容にも気をつけなければなりません。初対面の時は、個人的なことを聞かないのが普通です。特に仕事の場で出会った相手には、個人的な質問は避けたほうがいいでしょう。結婚しているかどうか、給料はいくから、年はいくつかなどは、普通は聞きません。
 大事なのは、相手に不快感を与
えないことです。いくら丁寧な言葉であいさつしても、怖い顔をしていては、相手にいい印象を与え
ることはできません。気持ちがこもっているかどうかは、予想以上に相手に伝わってしまうものです。
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第三課 名字
 中国語の「名字」は多くの場合、姓と名の両方を指しますが、日本語では家族の姓を「名字」といいます。
 すべての日本人が名字を持つようになったのは、明治時代になってからです。当時の政府が、すべての国民が名字を持つことを法律で決めました。それまで名字を持っていたのは武士や貴族だけでした。ですから、突然名字を持てといわれても、どんな名字を持てばいいのか分かりません。人々は慌てました。
 しかし、名字をつけないわけにはいきません。そこで、多くの人が、地名や地形から名字をつけました。日本の名字に、「木」「林」「山」「川」など自然に関係する漢字が多いのは、そのためです。家が谷の中にあるから「中谷」、近くに大きな杉の木があるから「大杉」とつけられた名字もたくさんあります。また、日本で最も多い「佐藤」や「鈴木」は、昔の武士の名字や、地名からつけられた名字だといわれています。
 日本人の名字の種類は、30万近くあります。それでも世界の第二位です。第一位は多民族国家のアメリカで、その数は160万を超えています。一方、最も少ないのが韓国で300程度しかありません。また、世界でいちばん人数の多い姓は「李」で、約一億人いるそうです。
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第四課 近年サラリーマン事情
 かつて、日本のサラリーマンといえば、朝早く家を出て帰るのは深夜になり、残業や休日出勤をするのは当たり前でした。近年、週休2日制の導入や労働時間を減らす取り組みなどが実施され、サラリーマンの生活は変化してきました。
 週休2日制は1980年代から企業に導入されてきました。1992年には国家公務員に、2002年には小中学校にこの制度が導入されました。2005年の調査によると、日本の企業の89%が、週休2日制を実施しています。
 さらに、フレックスタイム制度を導入する会社も増えています。これは、自分の出勤と退勤の時間を自由に決められる制度です。労働者が自分の生活と仕事のバランスを取りながら、働くことができるように設けられました。
 また、日本の
会社には、育児休暇の制度がありますが、これまでこの制度を利用するのは、ほとんどが女性でした。男性の場合、会社での理解が得られないのではないか、出世の妨げとなるのではないかと考える人が多かったからです。近年、家族との時間を大切にしたいと考えて、この制度を利用する男性がみられるようになりました。
 このように、日本のサラリーマンの働き方は、かつてと比べると大きく変化しています。都会での時間に追われる生活をやめて、田舎に引っ越す人もいます。
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第五課 日本語の語彙
 日本語の単語を、元の言葉は何かという点から分類すると、「和語」「漢語」「外来語」「混種語」の4つに分けることができる。和語はもともと日本語にあった言葉で、漢語は中国語から取り入れられた言葉だ。漢語は「音読み」する。音読みとは、昔の中国語の発音に基づいた読み方だ。外来語は主に19世紀以降、西洋を中心とした外国から取り入れられた言葉で、普通片仮名で書く。さらに、和語、漢語、外来後のうち、2つ以上を組み合わせてできた言葉を混種語と呼ぶ。「消しゴム」や「マラソン大会」「正月休み」などの言葉だ。
 同じ漢字で表される言葉でも、漢語か和語かで意味が違うことがある。例えば「生物」という言葉は、漢字として「せいぶつ」と読むと、動物や植物の総称となるが、和語として「なまもの」と読むと、煮たり焼いたりしていない食べ物という意味になる。だから「生物を食べる」という文を「せいぶつをたべる」と読むと、意味がよく分からなくなってしまう。
 漢語、和語に外来語が加わると、さらに意味の違いが出てくる。例えば、宿泊施設をいう場合、「旅館」というと、たいていの人は、畳の上に布団を敷いて寝るような部屋を想像する。一方、「ホテル」というと、ベッドで寝る部屋を想像することが多い。
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第六課 「はしの文化」さまざま
 手、はし、フォーク、ナイフ、スプーンなど、食べる時に何を使うかは、食事の内容や習慣によって違う。
 日本では、洋食はナイフとフォーク、スプーンで食べ、和食は、はしを使う。中国や韓国では、スープをスプーンやれんげを使って食べるが、日本のみそ汁は、おわんを持ち上げ、直接口をつけて食べる。具を食べる時はもちろんはしを使う
 「はし」といっても、その形や材料は国や地域によって違う。中国のはしは長くて、先端が丸く太さがあまり変わらない。材料は木や竹、プラスチックのほか、玉や金属のものもある。韓国のはしは中国より少し短く、やや平らな形をしている。ステンレスなど、金属製のものが一般的だ。日本のははしは韓国のものに比べてさらに短く、先のほうは細くなっていて、とがっている。材質は木や竹が多く、漆が塗られていることもある。
 日本の家庭では、自分専用のはしや茶わんを使う。食事は1人1人、お皿や茶わんに分けて出されるのが一般的だが、大皿から料理を取る時は、取りばしを使うのが、正式なマナーだとされる。
 食事の時にはしを使うのは、中国、韓国、ベトナム、日本などで、世界の人口の約3割だというが、同じ「はしを使う」文化も、実にさまざまだ。 つないだ手
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第八課 カップラーメン
 カップラーメンは、お湯を注いで3分待つだけで、どこでも手軽に食べられる。
 現在、世界中で愛されているカップラーメンを開発したのは、日清食品の創業者、安藤百福だ。19
58年にインスタントラーメンを開発した安藤は、すでにこの時期、「インスタントラーメンの国際か」という夢を持っていた。
 ある年、安藤はキャンペーンのためにアメリカを訪れ、インスタントラーメンを試食してもらった。すると、相手はどんぶりを使う代わりに紙コップを使い、その中に砕いたインスタントラーメンを入れ、お湯を注いで、フォークで食べ始めた。
 安藤はこれに驚き、「フォークの文化圏では、インスタントラーメンもフォークで食べられるようにしなければいけない」「どんぶりに代わる新しい容器が必要だ」と考えた。そして、新しい味をどんぶりではない新しい容器で販売し、フォークで食べられるようにすれば、インスタントラーメンは国際商品になると確信した。
 しかし、開発は簡単ではなかった。容器の材料は、ガラス、紙、プラスチック、金属と、当時考えられるだけのものが集められた。さまざまな工夫の末、「発泡スチロール」が採用された。容器の形についても試作が繰り返された。片手で持てて、手から滑り落ちない形を理想として、現在の形が生まれた。
 こうして、カップラーメンは1971年に発売された。さまざまなキャンペーンが行われ、今では世界中に広がり、80かこく以
上の国で食べられている。