天生人语解读
  目录
  1、日本人の「抗菌的発想」
3、人間っていいな
5、女性ドライバーに学ぶ
7、黒沢映画の真骨頂
9、言語に絶する大洪水の被害
11、市民の善意が頼りの日本
13、不登校の子どもたち
15、「……したいと思います」
17、甘いさじ加減
つないだ手
19、水と語り水の声を聞く
21、交通事故を告発する
23、修学旅行いまむかし
25、大震災被害者
2、出にくい大学
4、根強く残る「お茶くみ」
6、45番目の批准
8、すばらしい芸術は心を癒す
10、畑仕事と若者の心
12、神戸空港建設は住民投票で
14、子どもたちの異文化交流
16、富める日本の貧しい教室事情
18、土佐の日曜市
20、節目にきた被災地のボランティア
22、コーボーさんが訴えたいこと
24、ペイネの「恋人たち」
26、日本人の薬信仰
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第1課
日本人の「抗菌的発想」
ロンドン暮らしが長い知り合いの女性が、東京の親元に20日ほど帰ってきた。久しぶりに故国の新聞や雑誌を読み、友人とおしゃべりをして、3つの単語がとても目立つのに気づいたという。
「清潔」「きれい」「やさしい」だそうだ。「清潔なおふろ」「きれい好きの.若者」「肌にやさしい」と彼女が挙げた用例を並べると、いまの日本のある状況が浮かび上がってくる。いささか行き過ぎた「清潔志向」である。
「デパートなどのトイレにはいると、10人のうち9人まで、手を洗って蛇口を閉める前た、蛇口に水をかけている。まるで無意味。英国でもフランスでも見たことがない」。私たちにはありふれた光景でも、ヨーロッパからの視線には奇妙に映るらしい。異論もあるだろうが、そういえば、東南アジアで魚介加工会社を取材した同僚の体験を思い出した。
その会社は、日本向け製品には格別の注意を払っている。たとえばイカは、ピンセットを使って表面の微細なゴミなどを取り除く。取材の最中、日本の0157流行のニュースが入ってきた。しかし現地では「また、きれい好きで潔癖で、温室育ちの日本人お得意の大騒ぎが始まった」と突き放した反応だったという。実際、発展途上国では0157の流行はない。
東京のある女子高校では、洋式トイレをすべて和式に換えた。生徒の8割が「他人がおしりをつけた便器には座れない」と声を上げた結果だそうだ。本紙連載に加筆した、近刊の『清潔はビョーキだ』(朝日新聞杜)には、この話をはじめ過剰な清潔至上主義の事例がたくさん出てくる。
著者の藤田紘一郎東京医科歯科大教授は〈「抗菌グッズ」の流行は、ヒトにとって敵か味方かと見極めず、すべての細薗を「異物」として排除しようとする発想を生んでいる。この「抗菌的発想」が日本には蔓延しつつある〉と書く。(1999年3月3日「朝日新聞」より)
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第2課
出にくい大学
予備校の先生の体験談。授業中、一番前の席で机に足を上げている生徒がいる。「なんでそんなことをするのか」と叱った。「どうしていけないんですか」と問い返してきたそうだ。
もちろん例外である。にしても、ひと昔前はこうした場面はまず、なかった。マナーの低下は著しいという。18歳め若者10人のうち5人は大学進学を志望し、4人が現実に入学する。大学がますます大衆化した、そんな時代だから現れた光景かもしれない。足を上げた生徒も合格した。
大学審議会が21世紀の大学像、改革策をまとめた。その中に、卒業を厳しくする「出にくい大李」の実現という項目がある。日本の大学はずっと、「入りにくく出やすい」といわれてきた。それでは学生の質が落ちる。しっかり鍛えて有用な人材に育てよう。と、それが狙いのようだ。
けれどもこの項目、答申前から現場の大学の先生の間で、必ずしも評判はよくない。むろん賛成者もいるが、批判的な声の'方がより聞こえてくる。卒業できず留年する学生がふえれば、教室は不足するし、先生も手が足りなくなる。定員を大塙に超過し、動きがとれなくなる。つまり、現実的でないというのである。
「やっとのことで入学した学生も少なくない。できない学生ばかり大学に残ったらどうなると思いますか」。言いにくいことだがと、そう打ち明ける先生もいた。私立大生5700人に「講義について望むこと」を尋ねたところ、「わかりやすく教えてほしい」との回答が8割を占めた。誌義についていけない学生も多し、のだ。
30数年前、「出にくい大学」をめざした私立大があった。3年たたずに頓挫した。卒業できないのではないか、就職に不利ではないか、と学生の動揺が激しかったという。あれこれ聞くと、審議会のもくろみ通りに運ぶのかどうか、どうも心もとない。(1998年10月28日「朝日新聞」より)
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第3課
人間っていいな
〈来ないならたずねてみようかせいじん〉。日本初の火星探査機「のぞみ」の打ち上げが成功した。順調にいけば来年10月、火星を回る軌道に乗る。餐克測期問はそれから約2年。そのあとも、半永久的に火星を回り続ける。
14の斧見測機器を積んでいるほか、ごく小さな、薄いアルミ板が20枚張り付けられている。アルミ板にはマイクロフィルムが写真のように焼き付けられている。肉眼ではとても確認できないが、原則として本人が書いた27万694の名前がそこにある。例外的にごくわずか、写真や絵もある。
打ち上げた文部省宇宙科学研究所が、募った。全員採用、無料、要.るのははがき代だけ。予想をはるかに上回る数が集まった。署名に短い文章を添え走ものも多かった。冒の川柳まがいも千の一つだが、それぞれがなかなかに魅力的であり、感動的だ。
<星の大好きだった息子は、19歳で事故で星になってしまいました。息子の名前が火星の
周りをまわっているなんて、胸がおどります〉<いつかは離れてしまう家族ですが、名前は永遠に一緒に残していきたいと思います〉<車椅子の身なので、なまえだけでも重力から解放される瞬間が楽しみです〉。
〈広大な宇宙のちっぽけな命。存在していたという証に〉〈星の数ほどの悩みをかかえて生きています。広い宇宙に飛んで解放されたいものです〉〈自分の名前が宇宙でぷかぷか浮いていると思うと、毎日でも空を見たい気分〉〈毎日外で仕事をしています。空を見上げると、フレッ自分の名前が仕事っぷりを見ているのかな?〉。
<葬式が不要なような気がします〉<私は火星人。もうすぐ火星に帰ります。その途中で、みんなの名前を見ます〉。いろいろな生活、人生を想像してみる。そう、時間っていいなと思う。しまった、自分もはがきを出せばよかった、と悔やむ。(1998年7月5日「朝日新聞」より)
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第4課.
根強く残る「お茶くみ」
青森県弘前市役所の秘書課は、この春から来客用の茶わんをすべて使い捨ての紙コップに替えた。どんな要人にもこれで通す。
多ければ一日に50人、平均すると30人の来客がある。茶わんを使えば洗わなければならない。紙コップならその手間が省ける。行政改革で仕事を見直したときに出てきたアィデァだった。ほかにも仕事を整理し、秘書課は女性職員を一人減らした。
浮いた人件費はユ年で約500万円。紙コップは1個8円だ。年間1万個を使うと見込んでいるので、8万円ですむ。節約できたと早っていたら、市民から鋭く指摘された。ゴミ減量に逆行するし、いまどきお茶くみが女性の役割だなんて納得できない、というのだ。私もそう思う。市はすでに紙コップ5万個を買っていた。目下、低姿勢で使っている。
もうひとつ、お茶くみの話を紹介しよう。奈良市役所は5月、お茶くみをギ女平等にするよう、全課に文書を配った。内容は、お茶は自分で大れる、来客のお茶は男女の別なく入れる、後片付けは順番に、などと徹底している。
昨年、職員に男女の意識調査をした。そうしたら、お茶くみは女性がしている、と答えた人が6割いた。朝、昼、午後3時と、お茶の時間は3回の職場がふつうだという。40人もいる大所帯の課もある。後片付けも含めると、一日でお茶くみに数時間を費やすそうだ。これでは仕事に差し障る。そこで文書での要請となった。
お茶くみ論議はかたわ前からある。当然、女性には評判が悪い。廃止を宣言した職場も多い。だが、この習慣は根強く生き残っている。これを変えるのは高齢社会かもしれない。働き手はこれから急速に少なくなっていく。それを補うには女性に頼らざるを得ない。
「お茶なんか入れないで、働いて」という時代がすぐ目の前にきていることを、男性はしかと心得た方がいい。(1998年7月17日「朝日新聞」より)
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第5課
女性ドライバーに学ぶ
運転手が女性だけ、というタクシー会杜とバス会杜が、相次いで生まれた。タクシーは秋田県大館市で、バスは東京渋谷で、どちらも7月から走っている。
乗ってみて、軽い驚きがあった。まず、タクシー。JR大館駅前から電話で車を呼ぶ。行き先を告げると、1000円未満の近距離だった。「わざわざ来てもらったのに、近くて悪いね」というと「とんでもない。乗っていただけるだけで光栄です」。
目下、運転手は8人。市民病院やスーパーマーケットで客待ちをする。病人やお年寄りの手を取り、荷物を運ぶ。みな生き生きと仕事に向かっている。彼女たちは一人を除いて家庭人だ。だから、勤務時間は個人の事情が優先される。夕方には帰宅する人が目立つ。日曜と夜10時以降は営業しない。
次はバス。渋谷駅前から住宅街の狭い路地を巡る。26人乗りのミニバスだ。発車してすぐ、「曲がりますからご注意下さい」と肉声のアナウンスがあった。こういう注意喚起はこのごろ聞かない。確かに立っている人にとって、曲がり角は危ない。
幼児を連れたお母さんが停留所で降りた。その子が道路から、運転手のお姉さんを見上げ
て手を振っている。彼女は胸元で小さく手を振り返して、バスを発進させた。このバスの運行は、できるだけタクシーのサービスに近づけることが目的だったという。つまり路地から路地へ、どこでも乗れるように停留所の間隔も短い。
ミニバスの運転手はいま9人。やはり作り物でない熟意が伝わってくる。彼女たちが考えた言葉が車内に掲げてある。<お客様との心のふれあいを大切にしていきます〉。そして大館市のタクシーの車内にはこうあった。〈私たちは当たり前の挨拶とサービスのできる普通の会社を目指します〉。
その通り。仏頂面の面々に一言。女性だからできるのではない。これが自然な接し方なのだ。(1998年9月11日「朝日新聞)より)
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第6課
45番目の批准